NO.67 2005・07.20    
母乳育児とインフォームドコンセント
 
 小児科医は子供の味方です。少なくとも物言わずの子供の代弁者として保護者と対面しているつもりです。そして普通は御両親は子供を大切にしており、小児科医といっしょに子供を治療することができます。ところがこと母乳に関しては悲しむべき実態が存在します。すなわち、母親のほぼ100%が母乳で子供を育てたいと思い、赤ちゃんも母乳を飲みたいはずなのに、母乳率は低いのです。小児科医もほとんどは、母乳は出ないことを前提に赤ちゃんとお母さんに対処しています。

 最初私が母乳育児に指導を始めた頃、母乳を飲まさない母親に腹を立てていました。母親は“私の母乳は出ない”と言い、母乳を飲まさず人工ミルクを足して、出る母乳を止めているのです。

 しかし、やがて気が付いたのは、母親が見聞きする情報はすべて人工ミルクで育てられる赤ちゃんなのです。修学旅行の女の子がバスタオルを巻いて風呂に入るのはテレビの入浴シーンしか見たことがないからというのと同じように、テレビでは赤ちゃんが泣いたら人工ミルクです。妊娠して生むかどうか経済的に心配な時には“ミルク代が・・・”です。保健福祉センターの離乳食ショーウインドウにも哺乳ビンが飾られています。私達団塊の世代は母乳を飲ましている母親をほぼ日常的に見ながら育ってきました。しかし今の母親は自分が出産して初めて赤ちゃんを抱き、産院で初めて授乳する女の人を見るのです。

 考えると、そんなに人工ミルクで育てるイメージが蔓延しているのに母乳で育てている母親がまだ30%以上いるという事実のほうが驚異的なのです。母乳育児をしたいと思っている母の存在は、実は非常に貴重な、律儀は母としての女性像であり、そんな母親の律儀さによって母乳育児が全滅しなくてすんでいたのです。
 次の怒りは産科医に向きました。WHOやユニセフが“母乳育児成功の10ヵ条”を出し、日本の旧厚生省や医師会すらもそれを推進しているのに実際に実行している産科施設は極少数です。母乳は生後3日間が大切と言われています。その3日間母乳指導をしてくれたらすぐに80%の母乳率になります。現に“赤ちゃんにやさしい病院(BFH)”と認定された病院ではぼほ100%の母乳率です。

 ところが開業して外来で母乳指導をしていると、これもあまり気にならなくなりました。というのはどの産婦人科で生まれても“母乳が足らないので人工ミルクを足している”という母親の8割は母乳だけになるのです。これはBFH認定産科の1ヶ月健診時の母乳率にほぼ近いのです。つまり生下時に産科でどんなにされても、退院後小児科で母乳指導をきちんとすれば母乳育児はできるということなのです。
 さらに産科医の立場で考えてみると、生まれて5~6日で未熟な母親にまかせて赤ちゃんを退院させるのは実に不安なことです。人工ミルクを飲ましてでも、できるだけ体重を増やして退院させたくなる産科医の気持ちもよく分かります。

 母乳で育てることが悪い事でない限り、“母乳で育てたい”という母親の願いをかなえるべく医療者は医学的な援助をしなければならない立場にいます。が、現状は誰も母乳の出し方を教えてくれず、母親は孤軍奮闘し、疲れ、私は母乳が出ない、その原因は自分が悪いと健気に思っています。その姿は、実に哀れです。“あんたが悪いんじゃない、あんたのお乳は本当は良く出るお乳なんだ、赤ちゃんも正常!!”と言ってあげれるのは赤ちゃんを診ている小児科医にこそできる、というのが最近ようやく分かってきました。

 母乳をだしてくれ!!という母親の“主訴”に対してあなたは対処されていますか?私もまだあと2割の方を母乳だけにしてあげれない未熟者ですが。

 2005.04.27 高知県医師会報
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*田村こどもクリニック*
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