田村こどもクリニック・田村医師と田村助産師による「産婦人科を退院してからの母乳増量マニュアルが、飛鳥出版より発売になりました!
母親の方に、小児科医の方に、産科医の方に、助産師の方に・・・。"母乳教室・離乳食教室に参加の方には無料配布します。"
■取扱い書店■飛鳥出版、金高堂本店・朝倉店、宮脇高須店、冨士書房、興文堂介良店、TUTAYA南国店、田村こどもクリニック窓口でも購入できます。
■定価■500円(税込)   当院で10冊以上お求めの場合は1冊400円です!




~医師・看護婦・助産婦用・・お母さんもごいっしょに~

はじめに
 小児科医は母乳の大切さを十分認識しており、母親には母乳で育てて欲しいと思っています。しかし、我々男の小児科医は、母親が出ないと言う乳房を“見せてみろ”とは言えないし、まして触ることもできません。女性の小児科医も、1年間育児休暇を取り、母乳のみで育てた経験のある方はほとんどいないでしょう。そのうえ母乳の出具合は出産時の産科での処置でほとんど決まってしまう為、母乳分泌を増やそうという気さえ失せてしまいます。
 私が生まれた頃、乳房のケアを含め、なりだちの母親の世話をしてくれるのは“ちちもみ”(開業助産婦)でした。しかし今、助産婦は病院産科での助産業務が主となり、開業助産婦はほとんど見られなくなりました。人工ミルクで育てたおばあちゃんの出現も始まり、母乳で育てようとする母親は孤立無縁の状態なのです。
 当院では助産婦と母乳哺育の指導をしており、母児共に健康であれば母乳はどんどん増えていくことを経験しています。体重増加の悪い児に“人工ミルクを増やせ”と言う前に、母乳を増やす方法を教えてあげて下さい。以下にその方法を述べてみます。

☆前提
1.母親が『母乳で育てよう』と思っているか  最も大切な事は母親が『母乳で育てよう』と思うことです。これがなければ母乳は出ません。幸いな事に9割強のお母さんは“母乳で育てたい”と思っています。母乳で育てたいのに“自分の乳房は母乳が出ないと思っている母親”がこのマニュアルの対象です。母乳で育てたいと思わない残り1割弱の母親を説得し、その気にさせるのは“カウンセリング”で、これは医師ひとりでは無理と思います。
2.児が母親の乳首を忘れていないこと  児が母親の乳首を吸ってくれることが必要です。母乳を完全にやめて1ヶ月以上たっていたら、児が母親の乳首を吸ってくれないので、この母乳増量マニュアルも無駄な努力ですのであきらめます。1日1回でも母乳を直接飲ませていたら、母乳増加は可能です。

☆基本ポイント3つ
1.1日10回以上母乳を飲ますこと   御存じのように、母乳は出るから飲ますのではありません。吸わすから出るのです。母親に1日の哺乳回数を聞いて下さい。母乳だけの人が1日8~10回は飲ますのですから、母乳分泌が少なければそれ以上の回数吸わさなければならないのです。“出ない”と言う母親は哺乳回数の少ない方がほとんどです。(すなわち断乳の方法で飲ましています) 1回に吸わす時間は片方5分間でかまいません。
 “3時間毎”ではなく、“泣いたら飲ます”です。“乳房がはってきたら飲ます”でなく、“はる前に飲ます”のです。
2.水分をよくとること   母乳は1日に600~800ccも出ます。栄養は妊娠中にお母さんの体に皮下脂肪としてある程度たくわえていますが、水分のたくわえはありません。水分摂取の目安は、出産後は育児の為母親自体の運動量も増えますので、普段の量プラス1リットルと指導しています。カフェインやアルコールは利尿作用があるので大量に飲むのはダメですが、少しならかまいません。牛乳は脂肪分が多いので水分の代わりにはなりません。
水分不足の目安は母親の便秘です。
3.母親が昼寝をすること  睡眠不足や過労になると母乳は出ません。夜中も2~3回飲ませるのですから、昼間児といっしょに昼寝するようにします。生後1~2ヶ月は赤ちゃんの生活パターンに、母親の生活を合わせるのです。そして寝ると身体だけでなく、育児疲れの心も休まります。

☆児の条件
1.体重増加   1ヶ月児で生下時より500g以上増加していればまず安全で、1000g増加していなくてもかまいません。標準体重と比較する時、児の身長相当の標準体重と比較することが必要です。(月齢標準体重ではない) 月齢にもよりますが、この標準体重より1000g以上軽くならないのが安全です。
2.直接哺乳ができていること  母親が“母乳を飲ましている”と言っても、陥没乳頭で保護器を付けて飲ましている、搾母して哺乳びんで飲ましているなどのことがあります。母親の乳首の吸い方と人工乳首の吸い方は違います。実際に母乳を飲ましてみて、飲めているか否かをチェックします。これは助産婦か哺乳経験のある看護婦に見てもらいます。

☆母乳分泌良好の目安
1.“哺乳前の搾母で50cc以上のことがあった”  1回の搾母で50cc可能なら直接哺乳でそれ以上飲んでいるはずです。0~1ヶ月でこの状態なら本来良く出る母乳で、母乳のみでいける乳房です。
2.“人工ミルクを足して1ヶ月以上たっても母乳が出ている”   ミルクを足すと普通は約1ヶ月で母乳は止まってしまいます。1ヶ月以上母乳が出ている場合は、余程母乳が止まらないような足し方をしているか、本来良く出る乳房かのどちらかです。
3.“母乳を飲ませていると他方から母乳が垂れる”  これがあれば非常に良く出ている乳房です。そんなに母乳が出ていても母乳が足らないと言ってミルクを足している母親もよく見られます。

☆母乳分泌を増やす人工ミルクの足し方
 母乳分泌量を推定し、人工ミルクの1日の最低必要量を設定します。これを児の月令に応じて、1回量は最大に、1日回数は最少に指示します。例えば、1ヶ月児で1日300ccのミルクを足す場合は100cc/回×3回/日にします。決して60cc/回×5回/日にはしません。ミルク自体が悪いのではなく、人工乳首を口に入れるのが悪いのですから、人工乳首の回数を極力少なくして、その何倍も母親の乳首を吸わすのです。
ミルクを4回/日足すなら6時間毎に足して、その6時間の間母乳を頻回に飲まします。
ミルクを2回/日足すなら夕方3~5時と母親の寝る前に足します。1回/日なら寝る前にしています。
 毎回、母乳の後ミルクを足すという方法は母乳を止める方法です。このやり方では人工乳首の方が楽に吸える為、母親の乳首を吸わなくなり、母乳は約1ヶ月で止まってしまいます。

☆その他の要素
父親の育児・家事手伝いが必要 父親が育児の手伝いをした方が母乳率は良好です。厳密に言えば“お父さんは育児を手伝ってくれている”と母親が思っていると母乳分泌が良いのです。
父親が楽しくできる手伝いとして児の入浴があります。母親はひとりで風呂にゆっくり入って、のんびりします。それで乳房の血液循環が良くなり、母乳の出がよくなります。また、風呂に入っている間だけでも児と離れたら、育児のいらいらも少なくなります。
乳児健診に助産婦を  総合病院の勤務医の方は、乳児健診の時に産科から助産婦を呼んでおいて下さい。
自院で生まれた児が多いと思いますので、母親と助産婦は顔見知りで、和気あいあいと指導できるはずです。開業医の方は助産婦をパートで雇うか、母乳育児の経験のある看護婦に指導してもらいます。最初は難しくても、やっているうちに上手になってきます。
人工ミルクのサンプルの中止  くぼかわ病院産科の福永先生が人工ミルクサンプルのおみやげを廃止したところ、1ヶ月健診時の母乳率が上昇しました。小児科外来にミルクメーカーが持って来るサンプルも当院では断わっています。
母乳哺育は母親にとっても得  母乳哺育は最初はしんどいけれど、4~5ヶ月を過ぎるとだんだん楽になります。人工ミルクは最初は楽ですが、外出が増えるとお湯を持って行かなければならない等、だんだんしんどくなります。母乳の方が母子関係が良くなること以外に、ミルク代が不要、ダイエットになる、妊娠しにくい、など母親にとってもいいのです。
乳房マッサージはしてもしなくてもよい 乳房マッサージは乳腺炎の処置としては必要ですが、母乳増加にはあまり必要ではありません。ただマッサージを受ける精神的な充足感もある為、乳房マッサージを施行して良くなることはあります。
奥の手はスルピリド(ドグマチール)投与  頻回授乳等の指導でも母乳分泌が不足している場合、副作用としての乳腺刺激と、抗うつ作用を期待して2錠/日・分2(1錠100mg)投与します。マタニティーブルーになりかけている状態ですので保険で処方できます。ただし、母乳哺育は“できるだけ自然に”という考えに基づいていますので、薬を飲んででも母乳を出したいかどうか、母親への説明が必要です。


○母乳に関する情報は極端に少なく、人工ミルクに関する話は母親のまわりにあふれています。
戦争中・戦後の時代に比べ、母親の栄養状態は良いはずです。なのに母乳のみで児を育てている母親の少なさは私達小児科医の責任でもあります。良く出る乳房を持ちながら、“私の母乳は出ない”とミルクを足している母親も哀れです。診察時に一言母乳の出し方を話し、次の子からでいいから母乳を試みるように話してあげればかなり違ってきます。

以上は高知県小児科医会報No.12(2000年)に投稿させていただいたものです。
小児科外来での小児科医・看護婦さんの実践を期待しています。
改良点など御批判・御検討ををお願い致します。





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